マリア様がみてる 25 大きな扉 小さな鍵 (コバルト文庫) -「ハートの鍵穴」解題

自分自身を演じていた瞳子が転回を果たすきっかけを描いた90ページほどの短編。紺野先生の本気を見た気がします。

まず、瞳子への干渉について。(1)父親→(2)クラスメイト&可南子→(3)部長→(4)優→(5)祐巳、と5回に分けて行われている。この緩急と振幅が計算されている。自分の出生に関わるのが(1)と(4)、学校での演技に関わるのが(2)と(3)。これが急→緩→急→緩と落差をつけ、一度乃梨子でクッションを置いてから、最後に(5)が来ている。(5)は両方の内容を含む、瞳子を激しく揺さぶる内容になっている。
次に、(1)から(4)と、(5)の違いについて。(1)-(4)はどれも、仮面を被っている瞳子を責め、自分に素直になるよう提言している。それに対し、瞳子は、

「私は一度だって、自分が無理しているなんて思ったことないわ。きっと、どれも私なの。こうありたいと願ったからこそ、形成された性格なんだわ」(pp.113)

と、仮面を被っていることも含めて自分だとしている。これは、自分が自分であればいいという(5)での提言そのままである。瞳子祐巳の言葉を憐れみから出たものだと勘違いして怒るが、その矛先は同時に彼女自身にも突きつけられることとなる。演じること=自分らしくあることが、この短編の中で全く反対の2つの意味を持つことになる。祐巳の後に現れる祥子が、その矛盾を気づかせる役目を負っている。そしてそのどちらの感情も、他者を求めてのものであることを気づかせる。
そして、乃梨子の再登場。あとがきで紺野先生が「キャラが勝手に動いた、作者がそれに振り回されてしまった」と書いている。きっと当初のプロットでは瞳子に矛盾を突きつけたところで終え、次に周囲の行動によって彼女により自然な形で気づかせようとしていたのだと思う。丁度「パラソルをさして」のように。でも、これまで積み上げた世界では、乃梨子瞳子を放っておく女の子ではなかった。これはすごいわかる。自作でも一度キャラが勝手に動いたことがあった。キャラが計算を越えるってのは、作者にとってはのたうちまわるほど幸せな瞬間だったりする。きっとパラソルとは違う形で、きっちり落とし前付けてくれるだろうと思うと次が楽しみ。